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Raffles Bali - バリを愛した故・鹿島社長が夢見たリゾート、ラッフルズ・バリ
June 20th 2023

バリを愛した故・鹿島社長が夢見たリゾート、ラッフルズ・バリ

バリ島の空を真っ赤に染める夕焼けを見渡すダイニングルームに、シャンパーニュのグラスが運ばれてくる。冷えたグラスをテーブルに置いたスタッフが、「ドクターKAJIMAも、きっとこの夕陽を見ていらっしゃいますね」と微笑んだ。

バリ島・デンパサール空港から車で15分のジンバラン地区、白い砂浜が見事なビーチリゾート、ラッフルズ・バリ。筆者がここを訪問したのは、メインダイニング「ルマリ」で、このリゾート全体の食を統括するガエタン・ビスーズ氏の手によるモダンインドネシア料理をいただくのが目的だった。

“ドクターKAJIMA”とは、このリゾートの誕生に深く関わった、鹿島建設の元社長、故・鹿島昭一氏のことだ。

東京大学を卒業後、ハーバード大学の大学院で建築を学び、若い頃から建築家として世界のリゾートを見てきた鹿島氏は、同じくバリ島南部のサヌールに個人の別荘を持っており、近所に住んでいたアマンリゾーツの創始者、エイドリアン・ゼッカ氏とも親交が深かった。

世界のラグジュアリーリゾートの潮流をいち早く感じた鹿島氏は、1990年代にはハワイで、既存のスタイルの大型ホテルではなく、「その土地らしさ」を表現する、現代のデスティネーション・リゾートの先駆けとなるヴィラスタイルのリゾート(現フアラライ・リゾート)をいち早く手がけるなどしてきた。

また、バリ島をこよなく愛し、いつかはこの地に自社のリゾートをと、将来を見越して、1980年代にこの土地に目をつけた。アジアの経済成長に勢いがついた2010年代に、プロジェクトがスタート。社長時代も、常に建築家としての視点を保ち続けた鹿島氏。当時すでに80代に入り最高相談役としての立場であったが、自らの総仕上げのプロジェクトとして、手ずからトポグラフィー(地形図)をひき、設計にも深く関わった。

 

2010年から8年間にわたり、現地でこのプロジェクトに関わってきた土山洋一氏(現在は鹿島海外事業本部本部長室長)は、当時を振り返り、次のように語る。

「バリ島では珍しい、白い砂浜、それを見渡す傾斜地なので、全室から海が見渡せるロケーション。湾状のビーチの両端は原生林で遮られているので、プライベートビーチになる。ビーチに近いヴィラが山側のヴィラの視界を遮らないように配慮し、この地形を活かす設計を考えていらした」

土山氏によると、元々この場所は鬱蒼とした原生林で、木々を整理しつつ、ヴィラの塀を最小限に、植栽でプライバシーに配慮するように工夫したという。

 

工事中にコロナ禍となり訪問ができなくなったものの、鹿島氏はホテル内の各部分を図面や写真で確認し、部屋に置かれる皿やアメニティなどの小物は、実際の品を東京に送り、一つひとつを決めていったそうだ。

東京・赤坂の鹿島KIビルには、鹿島氏がほぼ毎日出勤し、これらの意思決定をしていたという部屋が、今は記念室として保存されている。

こうして、鹿島氏のキャリアの集大成ともいうべき、13ヘクタール32棟のヴィラが立ち並ぶこのラッフルズ・バリが完成したのは、土地との出会いから30年以上の歳月を経た2020年7月。日本でオープンの式典の報告を受けた鹿島氏は、長年の夢だったこの開業を心から喜んでいたという。

冒頭に戻る。「ドクターKAJIMAは、このバリ島を心から愛していらっしゃいました。きっと、ドクターKAJIMAの心は、ここにあって、私たちと一緒にこの素晴らしい夕焼けを見てくださっていると思うのです」とスタッフは続けた。

そんな「思いの継承」は、メインダイニング「ルマリ」でも感じることができた。ここでの食を司る、フランス・リヨン出身のビスーズ氏は、フランスの星つきレストランなどで修業を重ねたのち、海外へ。フランス料理の技法を地元の若者たちに伝え、その土地の魅力を最大限に表現する美食を生み出そうと活躍してきた。

19年に着任以来、各地の生産者を訪問し、インドネシア食材を約8割使い、インドネシアの味わいを表現した、地元の人々が世界に誇れる、インドネシアの文化に根ざした料理を生み出している。

そのコースは、日本のオーナーへのオマージュとしての折り紙からスタートする。そこには、ルマリの名前の由来である、家(ルマ)、満月(プルナマ)、太陽(マタハリ)の絵が描かれ、太陽と月の家である、自然と深くつながるコンセプトが説明される。

 

「カラス風のエビ」は、バリ島の都市・クルンクンの野菜料理をモダンにアレンジしたもの。苦味のある野菜、苦豆や青パパイヤ、四角豆、インゲン豆などを使ってつくる「セロンボタン」を青パパイヤで巻いて表現。サイドには、川エビのクラッカー、地元で人気のカレーパウダー「カラス」風の味を、ターメリックとココナッツ、唐辛子でつくった自家製カレーで再現した。

「クニット・アッサム」は、インドネシアで健康に良いとして愛されている薬草のドリンク、ジャムウにインスピレーションを受け、ジャムウのソルベに蜂蜜を合わせたデザートだ。

 

ビスーズ氏が大切にするのは、近代化の流れの中で失われかけた伝統や独自性、つまり「その土地らしさ」を、今の時代に即した形で守ること。

「インドネシアでは、70年代に観光客が急増したことで、地元の伝統を捨てて効率重視の品種が育てられるようになった。今の若いバリの人々の中は、こういった食材のことを全く知らない人もいる。地元の忘れられた伝統品種や食材に再びスポットライトを当てて、固有の文化を絶やさないようにすることが、ファインダイニングの役割であり、責任だ」とビスーズ氏は語る。

デザート「クニット・アッサム」の主原料であるターメリックとタマリンドはリゾートの敷地内の農園で育てられている。蜂蜜も、この日は農園で育てられている原種の蜂の蜂蜜が使われていた。

そんなビスーズ氏の姿勢は、同じフォーマットの巨大リゾートが増殖した時代に、ハワイの地元文化を取り入れたヴィラをつくるなど、その土地の固有の文化を建築で表現してきた鹿島氏の姿とも重なる。

このラッフルズ・バリは、伝統建築に基づいているだけでなく、普段からリゾートの施工を多く手がける鹿島建設がオーナーでもあるというだけあって、快適さのための日本の技術が遺憾なく発揮されている。引き出しやドアの開閉のスムースさ、スイッチなどを押した時の感覚など、きめ細かい部分までストレスフリーだ。

またエネルギー利用の最適化を図るマネジメントシステムが設置され、ガラス戸を開けるとセンサーが検知しエアコンを自動停止するなど、地球環境にも配慮した最先端の技術が使われている。日本の技術を使い、「その土地らしさ」を現代に生きた形に表現する建物ということができるだろう。

 

この土地への深い愛情を持って、地元の人が誇りに思える文化の発信拠点としてのリゾートを目指す。ドクターKAJIMAが残した「その土地をその土地らしく」の思いは、いまこのバリの地に根付き、花開こうとしている。

 

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